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2010年 05月 16日
このところツイッターとU-tubeなどを見るために1日10時間もPC前。
アメリカはアメリカで先月20日にメキシコ湾で石油掘削施設の爆発事故、NY爆破未遂事件、 日本は宮崎県の口蹄疫問題、普天間問題などがあり、この先どうなるのか・・・ 石油掘削施設の爆発事故は爆発事故以来3週間、メキシコ湾には日量約5000バレルの原油が流出し続けている作業の様子がTVで流れて、米ルイジアナ州沿岸のサンゴ礁にも油膜が押し寄せているとはいえ、5000バレルの量がどれだけのものなのか想像すらできずにいると、CNNのニュースで黒い油膜に覆われたアザラシが海面に顔を出している映像を見て、 経済問題、環境問題より、私はこういった映像でしかわからない。 私たち庶民にわかりやすいのは、百の言葉より一枚の絵なんですよね。 NY爆発未遂事件が起こった時には、これまでメキシコ湾で石油掘削施設の爆発問題映像を切り替えてCNNも24時間、この処理のための映像を流していて、ロボット使うわ、宇宙服のような防具服を着た人が出てきて処理するわ、テロ対策の映像は生中継されていました。 石油掘削施設の爆発事故、じゃ、なんで起こって、なんでアメリカの技術をもって食い止められないの?と思うでしょう? 11日、米上院の公聴会が開かれ、証言に立った石油大手BPや採掘施設所有社などの幹部が事故原因をめぐってそれぞれの主張を展開、責任のなすり合いの様相となっていて、実は、ここ10年以上、石油掘削を許可するにあたって、石油企業と連邦政府の間にはなれ合いの関係が続いてきた、とオバマ大統領が言ってますけど・・・・ 場所変われば、日本・宮崎。 口蹄疫問題、最初、ある農家の人が、牛の口内に水ぶくれがあると獣医師に相談、その獣医師が口蹄疫ではない、と判断して、農家は安心したわけです。その一週間後にやっぱり口蹄疫でした、ということになり、この1週間に感染が広がった。その後、県知事が国に相談したわけですが、過去にも同じ口蹄疫問題があったのに、今回それがなぜできなかったか。 口蹄疫って、なんで宮崎県だけなの?と宮崎市の友人にメールすると、それがわからないから、という返事。 親牛がいて、日本各地に生産して行っているようで。 全国第2位の養豚と3位の肉牛生産地である宮崎県。 それが1週間前で、これまでの4桁が、これまでの累計は91例、殺処分対象80,366頭の五桁になっているんです。 この口蹄疫問題、奇蹄類(馬、サイ)は罹らず、偶蹄類(牛、豚、羊、鹿)が罹るウイルスで、 足の蹄が、偶数の動物に罹る病気のようで、人には感染しない、その肉を食べても人体には影響しない、でも、ウイルスに罹った牛は乳がでなくなる症状が出るから、隔離しないといけない。 農水大臣がようやく現地入りしたとか、責任を問われていますが、お金さえ出せばいいという問題なのかしら? 畜産農家の方々の思いは計り知れません。牛が死ぬ前に、最高の餌を与え、乳房を拭いてやるというじゃないですか。 宮崎に限らず、故郷・青森、弘前りんご農家、稲作農家でも同じで、収穫時に自然災害の台風が来る時には、夜中でもその様子を見に行くんです。 それで、朝早くから、倒れた稲を腐らせないように、早く刈り、落ちたりんごを一つ、一つ拾って歩くんです。 だから一粒、一粒、私もお米は大事にしています。 在外選挙で、国旗と国歌を拒否し、外国人参政権を進めている政党には一票いれません。 ホント、日本のニュースを見るたびに憤りを感じて、団塊の世代の人から戦後のアメリカの押し付けでこうなった、憲法も然りで骨抜きにされた日本人を千春はどう思うか?と聞かれ、即、返答できず。 人間困らないと、新たな発想など考えないね。 2010年 04月 07日
オリンピックが終わって、それからアカデミー賞があって、夏のような気温が3月中旬にあって、オバマ大統領が推進している健康保険制度改革案が下院を通って、ユダヤ人のパスオーバー(過越しの祝い)に参加して、知っている方からアラスカから空輸の新鮮なお魚を食べませんか?というのがあって、それから友人のミッシェルさんが「癌ではないんだけど、esophagus(食道)に大きなポリープがあったのがわかったから手術するの」と言われ、日本食愛好家の彼女のために「駅弁」のようなものを作って、差し入れしたらめちゃくちゃ喜ばれて、大満足気分で図書館に行ったら誰かが帰国する前に寄贈しただろうと思われる最近の日本語本が多量にあり、感謝の気持ちで読ませていただき、またまた私も、だったら我が家で眠っている本50冊を寄贈して、「確定申告に使ってください」と用紙を貰うも、夫が既に済ませちゃっていて、そんなのどうでもいいよ、とか言われつつ、15年前に一緒に仕事をした知人と連絡が取れて、懐かしさの余り1時間も長電話しちゃって、イースターの日は、住まい近所で歩いて5分の場所に教会が四つもある中のルター派教会の鐘の音が、朝から30分毎に鳴って、ゆっくり寝ていたいのにその鐘で起こされて、静かになって眠ったところでまた起こされての繰り返し、天気の良い日だったので、アレルゲンの花粉が飛んで、くしゃみと鼻水が止まらず、山崎直子さんが宇宙へ旅立った。
映画『APLLO13』をご覧になった方は、わかると思うのですが、自宅でケーブルTVで見ているNASAの映像はリアルであります。 Capcom=Capsule Communicator(飛行中の宇宙飛行士と宇宙基地で交信する)地上通信士がいて、いつも全員席にいるわけではなく、風景は残業しているような感じ。帰ろうかな?でも仕事しようかな?といった雰囲気。 気になったのは、いくら無有力状態でも、顔を洗うとか、歯を磨くとか、できるの?なのだが、 ちょっと聞いたところでは、宇宙飛行士は一回1ガロンの水でシャワーを浴びることができるのだそうだ。 十五夜お月様で、うさぎが餅つきをしている、確かにそう見えていた。 うさぎはいなかったのだけれど、この間、満月の月をみていたら、やっぱりうさぎが餅をついているように思えるのるだわ。 日本では二匹のうさぎの形に見える、ここでは一匹の大型うさぎの形をしているのだわ。 # by hiiragichiharu | 2010-04-07 03:59
2010年 02月 20日
TV見ても、アメリカ人選手の活躍しか映らない。
その中でも、射撃と距離スキーを組み合わせて争うバイアスロンは楽しめた。 その場に立って集中して打つライフル射撃(標的を撃つだけではなく)、雪山をスキーで走って、疲れていてもそこで数十メートル先の5穴に命中させるかどうかの競技で、 背中に背負ったライフルを、伏射で発を当てる、 呼吸を静止して、集中する。 選手は5発の発砲しかできない。 この競技は、日本人は無理だろうなあ、と思っていたら、 日本でただ1人出場した鈴木芙由子選手(自衛隊)がいた。 マタギの祖父がいる、というのだから。 スノボ競技、日本選手は残念だったけれど、これで国母選手の人物評価までを決めて欲しくない。 いろんな意見、賛否両論はあるだろうけれど、 次のソチオリンピックには出てきて欲しい選手だ。 星条旗が上り、国歌が流れて右手を左胸に、そうでなければただ立ったままでいいのだ。 緑色小型花束を左手にして後ろ、あるいは持ったまま緑束を右手と一緒に胸に当てる選手が多い中、ショーン・ホワイト選手は、トリノオリンピックの金メダリストでもあるわけだが、落ち着きない。 国歌、サビの部分でギターを弾く格好はどうなの? 同じ表彰式に立った銅メダルの同じアメリカ人のスコット・ラゴ選手、 こちらが大人。 フィンランドのペートゥ・ピロイネン選手、銀メダル、おめでとう。 昨夜の男子フィギュアスケートを見ていて、アメリカの25歳、アヴァン・ライサチェク選手は完璧だった。 身長が180センチくらいあるのでは?と思える。 ショートプログラムでは、その足の長さが邪魔して着氷でゆらゆらしていたようにも見えたのだが。 ロシアのエフゲニー・プルシェンコ選手、28歳。 腰を低くしてスピンするのは日本の小塚、織田選手の方がはるかに美しくできていた。 私はブルシェンコ選手が転んで失敗したらいいのに、と思った。 どうしてアメリカのアヴァン・ライサチェク選手の次が、日本の織田選手だったんだろう? 嬉しい反面、織田選手の・・・・ 私は橋本聖子世代で、札幌オリンピックでの日本人の活躍はTVでの記録録画でしか見たことがない。 それから40年過ぎた今でも一番覚えているのは、日の丸飛行隊と言われた笠谷選手のジャンプ姿だ。金野選手の銀、青地選手の銅メダルで、そう呼ばれた。 ところが、4年後に行われるはずだったアメリカ・デンバーが、環境破壊の問題で住民が反対して、返上され、オーストリア・インスブロックに。 参加することに意義がある、と言われたアマチュアスポーツ競技大会。 第1回は、1924年、シャモニー・モンブラン(フランス)から始まって、 1928年、サンモリッツ(スイス) 1932年、レイクブラシッド(アメリカ) 1936年、ガルミッシュ・パルテンキルヘン(ドイツ) 1948年、サンモリッツ(スイス) 1952年、オスロ(ノルウェー) 1956年、コルチナ・ダンペッツオ(イタリア) 1960年、スコーバレー(アメリカ) 1964年、インスブロク(オーストリア) 1986年、グルノーブル(フランス) 1972年、サッポロ(日本) 1976年、インスブロック(オーストリア) 1980年、レイクブラシッド(アメリカ) 1984年、サラエボ(ユーゴスラビア) 1988年、カルガリー(カナダ) 1992年、アルベールビル(フランス) 1994年、リレハンメル(ノルウェー) 1998年、ナガノ(日本) 2002年、ソルトレイクシティー(アメリカ) 2006年、トリノ(イタリア) 2010年、バンクーバー(カナダ) ざーっと数えてみたら今回が21回目。数字合ってますか? 毎年4年毎に行われるオリンピック競技大会は、夏季、冬季の2年毎に感動を味わう。 選手たちに感謝だ。 若い彼ら彼女たちを、支えてここまで育ててくれた周囲の人たちのご苦労は多々あっただろうと思う。 それはどこの国も同じで、メダルを取った選手であっても取れなかった選手にも、人生ドラマはある。 ミネソタ州ミネアポリス出身、アルペン種目・リンゼイ・ボン選手、 嬉しいです!! # by hiiragichiharu | 2010-02-20 03:26
2010年 02月 14日
グルジア国のノダル・クマリタシビリ選手がリュージュ種目で、公式練習中にバランスを崩して、外に身体が出てしまって、蘇生の甲斐なく亡くなられた。
21歳。 お悔やみ申し上げます。 映像はその時の様子、救急隊員なのか誰なのかわからないが、血の出ている口元で器具を使い蘇生をしている様子が映し出された。 喪章をつけたグルジア国の選手団には、誰でも、拍手を送ったことだろう。 若者が精一杯頑張って、懸命に練習してきて、そこで起こった事故だけに。 日本選手団の岡崎さん、 日本の旗を大きく振ってくれてありがとう。 TV見ながら立って、拍手をして送り出しました。 知っている国、知らない国、雪が降らない国で雪のスポーツって、どうやってるのかな? なんて、思いながら、一人だけのアスリートの国もいくつかあり、同じように拍手をして立って送り出しました。 オリンピックは国の代表者であるわけで、一人だけの選手もいれば、今回、日本の21歳の服装問題はとても残念だった。 スノボ国母出場辞退、の見出しをPC画面で見た時は、スノーボートの生まれた国で、その国が何らかの理由で辞退したのか?と思うくらいだった。 よーく読んでみると、彼は自分流にカッコよくやっていたようだった。 腰パン、何がいいんかわからないけど、 英語で「Tease」というんですが、こちらでもアフリカ系アメリカンの人が多いんです。 冬の寒い時でも、半分パンツを見せながら歩いていて、 落ちそうになると持っていたりして、もうやめてよー。 PC立ち上げで英語版、を見ると、橋本聖子団長が、頭を下げている隣にいるのはアフリカ系アメリカンの髪型ファッションの若者で、成田空港でオリンピック選手の制服であるものを今風にしたのが悪かったみたいで、確かにだらしなかった。 彼は、これまで日常において、叱られたり、怒られたことがなかったのかも。 責任は本人。本人かばって言うと、二十歳過ぎているから所属先の東海大学の関係者にあるでしょう。 一言、誰かが、指摘してあげればよかったんじゃないの? それがいなかったとなると、増長させていたよね、その彼を。 一緒にいた大人がそうだんでしょう? それでも、これでメダルでも取れば、払拭できる。 果たして、結果は? それにしても、バンクーバーって外は雪が降っていなくて、これで冬季オリンピック?とも思ったりして。 今年はアメリカ東部の積雪がニュースで、NBC以外のニュースでどこも扱っておらず。 注目は、米国のショーン・ホワイト。 この方、アメリカの貴公子のような雰囲気しています。 # by hiiragichiharu | 2010-02-14 09:15
2010年 02月 02日
昨夜、行われたグラミー賞、すごかったですね。
ラスベガスショー、さながらアクロバットで歌う、水しぶきもありで。 何がすごいかというと、マイケル・ジャクソンの映像には3Dめがねをつけてください、っていうので、つけて見ました。 というのは、夫がマイケルのDVDを買ってきたら、それに4枚切り取り用の3Dがあって、3Dのめがねは、右目は信号の青、左目は信号の赤。 それをつけたら、たんぽぽの綿がこちらに飛んできているのが実感できるのだ。 緑の葉っぱが浮き出て手に取るような感覚・・・・ セリーヌ・デオンの歌も素晴らしかった。 これがめがね3Dか。 緑の葉っぱも浮き出ているようにみえる。 触ろうとできる感覚なのだ。 ところが、そのめがねを取った時に、現実ではない。 しばし、めまいのようなもの。 現実は平面立体の構築で、その立体が見えるのは幻? 左目つぶると、雪国の白さと明かり。 右目つぶると、夕焼けの西日になる。 なんで、この3Dめがねをかけたら、そう見えるのかね? 2010年 01月 31日
ラジオとPCで年末を過ごし正月を迎えた我が家に修理されたTVが11日に戻って来た。その翌日にハイチ地震が起こってからというもの、見るも無残な映像ばかりで、これだったらTV壊れたままでもよかったのに。
見ると、翌日フランス国から大型リュックサックを背負った若者たち20数名が左腕に国章をつけて飛行機から降りた。ハイチは長くフランス領であったため、国民はフランス語が第一言語であるわけで。 折も折、カリフォルニア・サンディゴに向かっていたアメリカ○○○○空母隊がこの地震で引き返した。(○○○と言うのは、名前覚えておらず) ようやく3日目から、現状わかって、日本はお金を出しているようですが。(医療チームも出した) 17日にゴールデングローブ賞があった。この不景気とはいえ、景気がいいのはハリウッドスターだけ?と思いきや、ちゃんとやっていることはやっていて、それが表面的なことであってもファンテステック(fantastic)だ。 HOPE FOR HAITI NOW。 CNN、大手チャンネル3局、2時間、同じ放送がされた。 映画俳優はもちろん、マドンナまで出た。 CNN現地と大手3局が、その系統各局すべてがこの2時間に占領された。 これを見たくない人はTVを消すか、他のチャンネル、を見るしかない。 このチャリティー番組に電話したら、運良くあのステーブン・スピルバーグと話せて「ありがとう」を言ってもらえる。 というのは、スピルバーグがオペレーター席にいるんだもの。 さすが、アメリカ、こういうチャリティーでも電話のオペレーター席にセレブを座らせて対応させるなんて。 日本の某TV局24時間チャリティー番組どころじゃない。 カリブ海。 南国の島。 そこで起こった地震に、なぜこんなにアメリカ?と思うでしょう? それにはいろいろあるみたいで・・・・ こちら昨日、今日は-20℃の冷え込みで、食材買出しにアジアンマーケットに行く。 やっぱり冬は鍋。簡単だけれど、春菊、白菜、豆腐は欲しい。 ある店であったり、ある店にはない。 日本食の新鮮さを求めたら3店を見て、一番新鮮なものを買う。 2時間30分。 バスと電車の乗り換え自由な1ドル75セント切符。 手元のチケットは5分も過ぎていて、改札機に通すもエラー。 運転手さんが、チケットの打刻時間(乗った時間)を確かめて、「いいですよ、座ってください。」 こういうことが嬉しかったりする。 そうかといえば、一作日ミネソタ大学近くで銃撃された事件があり、今朝、買い物に行こうとしたら、繁華街で何か起きた!という設定で、事件は会議室ではない、現場で起こってるんだ、というシュミレーションを見た。 この道路4ブロックは朝6時から12時まで、バスも車も通れないようになっており、でも人は歩ける。 危機管理を想定した練習だからね、と言った制服の人も鼻水凍っている。 今見ているCNNでTOYOTAのリコールと信用問題を挙げているけれど、現社長が血族でありますので、寿命がきたということでしょうか。 同じくHONDAもリコールが取り上げられていますが、それほどではない。 日産がリコールないのが、不思議。 2010年 01月 12日
本来であればこの『Nine』はもっと早く上映されているはずだった。
2年前の全米脚本家組合のストライキで製作が一時中止されようやく製作に入ったものの、主役キャストだったハビエル・バルデムが休暇を取りたいとか何だかんだ、またまた本来だったら二コール・キッドマンの役をキャサリーン・ゼタ・ジョーンズがやるはずだったのだが、この役は出番が少ないとか何だかんだがあったようだが、「口ばしが黄色い30代で何言ってんのよっ」と、ソフィア・ローレン様はお怒りにならなかったのかしら? 御年齢76歳弱いとはいえソフィア・ローレンは、そこに居るだけで華。 相変わらずお美しいお姿に改めて畏敬の念を抱いた。 顔の肌艶はなんとかできるにしても、年齢は首元で推測できると聞いたことがあったが、首にスカーフを巻き、足を出したスカート姿のソフィア・ローレンはさすがだった。 そもそもこの映画はイタリア人フェデリコ・フェリーニ監督の『8 1/2』(はっか にぶんのいち、原題:Otto e mezzo)製作1963年がネタで、舞台は1960年代のイタリアの設定なので、キャストが誰でもイタリアを代表するソフィア・ローレンの出演に大義があったのかもしれない。 ソフィア・ローレンといえば、 『ひまわり』(I Girasoli)。 マルチェロ・マストロヤンニが相手役だった。 この映画、一言で言ったらスランプに陥った映画監督の夢と現実の苦悩を表現したもの。 『8 1/2』の主役がマルチェロ・マストロヤンニ。 ダニエル・デイ・ルイスは、スランプの映画監督で苦悩する役であったわけだが、アルファロメオのオープンカーは似合いすぎて、ファッション雑誌のグラビアのよう。苦悩する映画監督にイマイチ思えない。 これが不細工な顔の俳優だったら、感情移入できたかもしれないが、なんたってダニエル・デイ・ルイスは容姿が素敵すぎ。マルチェロ・マストロヤンニもハンサムな俳優だったが。 マリオン・コティヤールのなみだ目の歌い方、 ペネロペ・クルスの歌と踊りは見ごたえあり、 ニコール・キッドマンがミューズであり、 ケイト・ハドソンってこんなに音楽&ダンスに才能あったの?と驚く場面は豊富で、 なんといっても、ファギーの「Be Italian」の音楽と合わせた踊りは素晴らしかった。 とある映画評論家の、舞台監督であるロブ・マーシャルの計算ミスではないか、同監督の『CHICAGO』の時のような高揚感はなかった、これは映画ではなく舞台で観るべきもの、という評を読んだ時、私の場合は『CHICAGO』のNY舞台は途中から寝てしまい、飛行機の中でこれを観た時も寝てしまい、この映画を観てから、DVDを改めて観たのだが、先入観を捨てても『CHICAGO』より『Nine』が好みかなあ。同監督の『SAYURI』はイマイチだったけれど。 そう、この監督は、女性を綺麗に、そして美しく表現する才能がある。 高齢になっても歌って踊れて、そして演技ができる女優、俳優ってそうそういない。 それを認識されたのが、ジュディ・デンチだ。 ソフィア・ローレンと同じ75歳。 『007』のM役のジュディ・デンチではなく、ここでは宝塚ガールのような女優魂を見せてくれる。 ソフィア・ローレンといい、ジュディ・デンチといい、どうしたら60代になっても70代になっても年齢を感じさせないパワーとエネルギーがあるのか?それはどこから出るものなのか? 頭ボケないで健康でありたい、とわが身を思うばかりだ。 数日前のニュースではイタリアのあのスカラ座の組合がリハーサルを契約以上に6分長くした、という理由で、普段着で演奏したというのだが、観客からは「プロ意識がない」「恥を知れ」の罵声があったとPCパソコン上のNEWSで読んだのだが、本当なのだろうか? 裏はありそうだ。 映画に戻ると、 妻(マリオン・コティヤール)と愛人(ペネロペ・クルス)の間で揺れ動くものの、最後の最後は男にとっては母親がミューズだったのね。 学校で悪いことをすると、それをかばってくれる母親がいて、どんなに大人になっても母親は怖い存在だ。 と同時に母親が女神様。 子供の時に持っていた想像と創造力、現実とのギャップで苦しみ煮詰まった映画監督の虚実。 イギリス人のダニエル・デイ・ルイスがイタリア人になっている。 ボンジョーノ。 2010年 01月 05日
ミステリー小説の読み過ぎ、サスペンスドラマの見過ぎで、ついつい隣の住人のことを心配してしまい、
ひょっとしたら老齢の方がお倒れになっているんじゃないかしら? 動物虐待?とか、いろいろ妄想してしまった私。 夜9時過ぎにゴミ出しにエレベーター近くのシューテングボックスに隣のドアの前を通ると、住人が帰ってきていたようで、若い女性の声で犬に諭すような言い方をしている声が聞こえてきてほっとしたものの、 帰宅した夫から「勝手に食べ物を入れて、訴えられたらどうするの?」と言われ、急に怖くなって、事情を説明するために隣のドアのノックしたら、出てきた住人はモデルのような容姿の若くて可愛い女の子だった。 「えーっ、あー、私、勝手にパンやら鳥のささ身とか入れちゃったんだけど、大丈夫だったかしら?」と言うと、「ごめんなさいね、それは気にしないで」と笑顔の返答。 良かった、良かった、訴えられなくて。 見たくて見たわけじゃないけれどドアの透き間から見えたのは、犬たちが部屋中荒らしに荒らしまくったクッションの布きれのようなものが散乱していて、 「私たち、不在していたから・・・これから気をつけるわ」 「勝手に入れた食べ物で犬は大丈夫?」と再度聞いたら、 「紹介するわ」と言って、出てきたのはもう一人の女の子(この方もモデルのような容姿)と共に抱かれたチワワ2匹。 「この子の名前は○○で、この子は○○って言うのよ」 飼い主に抱かれたチワワのそれぞれに私が手を出すと、舌を出してぺロぺロ舐めて、そんなに動物大好きでない私でも愛情が出ちゃったりして、チワワ欲しいなあ~なんて思ったんだよなあ。 友人知人で3人に2人は犬か猫の動物を飼っていて、 旅行とか不在の時、猫の場合は一泊二日が限界で、それ以上長い場合は仲間の方にお願いする、ある方はペットホテルを使用したり、それでもできるだけ旅行も飛行機を使わないで車で移動するので犬同伴らしいのだ。 犬同伴で泊まるホテルも限られているんじゃない?と聞くと、それを探して多少高くても一緒でないと・・・と飼い主は言うのだが・・・・・。 知人のヨークシャテリアの○○が人間でいうチック症。片目の左側がわかるくらい。 「私もね、忙しくてペットホテルにあずけて、何匹かのじゃれている犬に手で払わられた経験があるんだと思う」と飼い主は言っていたのだけれど。 ドアをノックする音で、吠えるのはいいのだけれど、どうしてそれで吠えるの?と聞いたら 「○□は私を守ろうとしているの、それがわかるの」 飼い主だけには従順な犬のようで。 動物好きな友人に、こういうことを言ったら 「それは機嫌が悪い時に飼い主が手でうるさいって払っていたんじゃない?」 「どんなに悪いことをしても、手で叩くことはしなかった。他人が手を出してもこの犬は顔を背けない。これが躾というもんですよ」 一緒に行ったその家庭、子どもの頃犬に手を噛まれてそれから怖いといった友人のために犬がこないように廊下ブロックアウト。友人が帰った後、犬の前で「チハルさん、手を出して」って言ってくれて、私が手を出すと舐める。 セレブのヨークシャテリアのあの○○は、飼い主の愛情がなかったということなのかなあ。 我が住まいはペットを飼える環境で、最初契約した時にペットありますか?を訊ねられ、これからペットを飼う場合は契約が違うから、もしこれからペットを飼う場合は申し出てくださいね、を念押しされたことがあって、それは何かというと部屋代金額が高くなる、というもの。 改めて契約書を読んでいたら、Animal Addendum(動物を飼う場合の追加)の項目を見ると、動物を飼う場合は200ドルの手続き料まであった。 Animal's nameを書き込む欄もあって、 Type: Breed: Color: Weight: Age: こんな記入をペットを飼う人たちはしているのか。 エレベーターの中でも犬の散歩に連れていく、ある時は散歩帰りのカップルと一緒に乗り合わせるのだが、品種様々で犬の顔と飼い主の顔をちらちら見るとなんか似ているように思えるのは私だけ? 例えば、ブルドッグが飼い主の顔に似ているか?というようなそんなことではなく、動物飼ったことのない私は個々それぞれのペットの習性はわかりようがない。 犬の鳴き声が聞こえなくなって、あのチワワたちはどこに? 動物飼いたいと思うこともあるが、寂しいいときに1日2日レンタルでできるペットであればいいけれど、それが日々毎日のこととなると、もうできない。だから、飼う事もしないのだけれど、たとえ飼ったとしてペットの死を考えると、立ち直れないような気がして怖くてダメ。 田舎の母の友人が、飼い犬を亡くし、そのお骨が未だ居間に写真と共にあって、嘆いているので 「庭にお墓でも作って供養すれば?」と言ったら 「余計なことは無用、私の棺桶に入れてもらうから」と言われたそうだ。 そういえば、あのご家庭に猫がいた、犬がいた、そのご家庭は今その寂しさにいるのだろうか。 新しい何かを見つけていたらいいのだけれど・・・・ 2010年 01月 03日
静かな住まいにどこからか犬の鳴き声が夜通し聞こえるようになって、それが近くのようで遠くのような、そうしているうちに隣の部屋だとわかって、管理事務所の人が苦情を受けてドアをノックをするも入れないようで、犬の鳴き声だけ。
なんで廊下で出会ったというと、私はお客様があってドアを開けていたのでわかったことだった。 お客様が帰った後、その隣を歩くとドアで犬が泣くのだ。 お腹を空かせているのかと、ドアの下の透き間からパンを一切れ入れたらそれが無くなっていて、もう一切れ。 それもなくなっていた。 ドアの下といっても、3センチの指かろうじて入れる透き間から、鳥のささみを一つ入れてみたら犬が舌を出して食べた。 それからまた鳥のささみを床下から差し込んだら、それもなくなって明日のお弁当用にとっておいた夫のささみが・・・。それはいいとして、エビはどうなのだろうと思って、 その透き間にエビの殻を試したら、それは好きではないらしい。 ホンモノはさすがに出せなかった。 鳥のささみが好きな犬らしく、最初は3本、これはペロリと食べ、ドアの透き間から犬が私の指を舐めたのだが、カステラを水に浸して持っていくとそれも舌を出して食べた。 お腹が空いているのはわかったので、再度、鳥のささみを3本湯がいてドアの透き間に入る浅い入れ物に水と一緒に入れて後で見たらそのささみだけがなくなっていて、よっぽどお腹が空いていたんだなあ。 さっき入れた浅い水も半分はなくなっていて、また水を入れた。 犬の鳴き声は止まったが、隣の住人、ひょっとして? 犬は2匹だと思うのだけれど、たまに会うインド人は知っていても隣の方は知らないので。 座ってドアをコンコンと叩くこと数回、水を入れ替えして新しい水、これはささみが入った水ではなく、水道水ですが、英語と日本語で言葉をかけつつ。 犬の鳴き声止まったけれど、それにしてもおかしいい。 2~3日不在でえさだけ皿に置いて、出かけたんですかね? 犬の鳴き声、声は聞こえてはいた、管理事務所もクレーム聞いてようやく来ただろうが、 同じフロアーでイヤだった人がいたということでしょうか。 クレームなんて言うのはカンタンで、だからといって即解決できるものではないもの。 鳥の唐揚げ、コロッケ、揚げ物をして、警報が鳴るのはしょっちゅうだもの。 そこで窓開けて、廊下ドア、開けると、近所からクレームきて、クレームっていうのは誰かが直接管理事務所に言うのだけれど、もうやり取りに慣れました。 私は今が幸せだもの。 できることをしたらいいと思うだけ。 2010年 01月 03日
雪降らずの快晴の空。
穏やかで静かなお正月を迎えました。 毎年窓から見える地平線からの初日の出は、今年は雲霞の中の薄紫色と橙色のグラデーション。 今年も良い年でありますように。 今年の大晦日、お正月は特に静かでした・・・・ というのは、年末になってリモコン電源がすぐに応答せず、1分くらいかかっていて、それが電源入れるのに時間がかかるようになって27日にとうとうTVの映像が入らなくなってしまったのですね。 夏のあの悪夢再び。 夫が「やっぱりTV買おうよ」と言うのだけれど、ミネアポリス生活が始まった半年以上はTVもなくそれで過ごせたことを思い出したりして、TVあっても朝、夜しか見ない現状を考えると、TVなしでもいいように思えている私。 TV音が消えた27日、28日があって、29日にダメ元であの最初の修理やさんに電話したら、すぐ応対してくれ、その日、電話した3時間後に取りにきてくれたの~。 取りに来てくれた修理やさんが「修理に1週間はかかるけれど、他にTVあるの?TV必要でしょう?」って聞いてくれたんだよね。 嬉しい。 私「ラジオで今年は過ごすから大丈夫。ラジオは2台あるから」って答えたら、「それならいいけど」って言ってくれた。 嬉しい。 部屋に入る時、土足がイヤだったのでそれを言うと、脱ごうとするので、脱がなくてもいいからこれをカバーにしてくれたら嬉しいんだけどな、と買い物でのビニール袋を左足、右足に被せて、部屋に入ってもらったの。 薄型大型TVゆえ、二人でカート(手押し車)に乗せてエレベーター前で待っていると、 「うちをどこから聞いた?」 うーん、どういったらいいのか、言葉探していたら、 「IDS?」とか言うから、うんうん、そう、あの夏の余計なこと言うことは止めた。 「僕はオーナーで、今日は修理製品を受け取るのに近くまで来ていたから」 一緒に、駐車場のホワイトバンに我が家のTVを入れ込もうとしたら、既に大型箱型TVが2台か3台あって、我が家のTVは荷物用を包む大型タオルに包まれて修理病院に向かったのでありました。 アメリカ生活のお正月は、毎年TVでNYのタイムズスクエアーのカウントダウンを見ながら、違うチャンネルでクラッシック音楽が交互でした。昨年は、ヒラリー・クリントン夫妻がタイムズスクエアーに出て、カウントダウンをしたのを覚えています。 その1時間後にこの地は新年。 窓から見える花火があったり、祝砲があったり。 いつもTVがある場所に小型ラジオを置いて、大晦日、お正月。 毎年いつも夫の母が送ってくれる心温かいものを使いますが、今年ほどありがたく思ったことはありません。 読んで要らない新聞、週刊誌数冊を荷物に入れてもらって、それは楽しめました。今でも、夜ベッドに入り12月13日、14日、15日の某新聞数々は、1週間経ってもすべて読みきれるものではありません。 窓ガラスから差し込む太陽の暖かさで部屋は暖房要らずなのだが、外は-20℃。 年末、3~4日持ちこたえる食材を買ったので、1週間は外に出なくても大丈夫と思っていたら、トイレットペーパーが残すところ3個、買いにいかないと。 きーんと冷える街、手袋と耳あては必需品。 今年、初外出。
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